はじめまして。

ブログにお越しいただきまして、有難うございます。

私は住宅営業の仕事をしている アッキーと申します。

 

 

 

仕事が終わってからの深夜や火水の定休日にブログを更新しています。

自分の簡単なプロフィールをまとめてみました。

 

名前:アッキー

年齢:33歳

性別:男

職業:大手ハウスメーカー営業職

出身:関東地方

学歴:四年制大学卒

勤務地:関東某所

趣味:キャンプ

 

住宅営業になるまでの人生において、私は中の上くらいの人間だったと思います。勉強はそれなりにはできたほうでした。大学の学部の偏差値も53くらいでした。生活態度も真面目で先生や親からそれほど叱られることもありませんでした。

私は大学を出てすぐに住宅営業になりました。入社当初は沢山の家を契約して、同期で一番の成績を修めるぞと意気込みました。

ところが、社会は私に厳しい現実を突きつけたのでした。

私の6年目の年間契約棟数は2棟です。6年目といえば中堅社員と呼ばれ始めるころです。少なくとも年間で8棟くらいは契約しなければならない年次です。2棟は完全に劣等生です。

劣等生どころか私は「お荷物社員」だと思われていたに違いありません。

3年目までは契約ができないのは自分の責任ではないと思っているフシがありました。経験値も人脈も少ないだから売れないのは当然だ、と。

しかし6年目ともなると、自分よりたくさん契約してくる後輩が増えてゆきました。私は自分が「中(ちゅう)の上(じょう)」の人間ではないということを認めざるを得なくなりました。

辞める営業マンはこの頃までに辞めてしまいます。やはり後輩に抜かれるという現実が大きいのだと思います。私には「家が売れなくて住宅営業を辞めた」という負い目を感じながら再就職をする勇気がありませんでした。

しかし、再就職する勇気がないからといって会社に居続けられるわけではありません。このまま家が売れなければあと数年で辞めざるを得ないだろうなと思っていました。

そうなると、恐らく私は残りの人生をコンビニでレジ打ちのバイトをして過ごすのだろうなと想像しました。

5年目までは、そこまで突き詰めて考えたことはありませんでした。6年目になってはじめて真剣に考えるようになりました。

その頃から私は開き直った考え方をするようになっていきました。

「私の住宅営業としての人生は残り少ない。その後はレジ打ちのバイトとしての人生が待っている。それも気楽でいいかもしれない。でもその前に住宅営業として思い残すことの無いようにやれることは全てやってみよう。」と。

それが悪い方向に出てしまいました。

開き直った私が最初に考え付いたのが「徹底的な他社批判」でした。他社メーカーで契約が決まりそうだというお客さんを見つけては、そのメーカーを批判するのです。

私は非行に走ったのです。28歳にして、人生初めての非行です。

その結果はひどいものでした。お客さんは軽蔑の目を私に向けました。他社メーカーとの契約を破談させることに成功したこともありました。しかし、契約はまったく取れませんでした。

次に始めたのがオリジナルの営業ツールの作成でした。パソコンの「ペイント」ソフトで、自社の家の断熱性能がいかに優れているのかを説明するためのイラストなどを作り込むのです。

しかし、これもダメでした。その資料を見せて説明をすれば、お客さんはとりあえず聞いてくれました。しかしそれが契約に結びつくことはありませんでした。

次に、オーナーさんに徹底的に媚びてやろうと考えました。そうすれば紹介がもらえるのかもしれないと考えたのです。

クリスマスイヴに自分のオーナーの数だけのポインセチアを自腹で購入し、すべての家に届けました。社内旅行で北海道に行ったときには、札幌場外市場から全てのオーナに向けて自腹で毛ガニを送りました。

とにかく金を使うことにしたのです。毛ガニで紹介がもらえたら安いものだと考えたのです。

しかし、これもダメでした。オーナーさんからお礼の電話がかかってきましたが、紹介が出ることはありませんでした。

今考えると、オーナーさんは有難いと思っていなかったのだと思います。むしろ高価なものを送り付けられて、気持ち悪かったと思います。

開き直ったからといって家は売れないということがよく分かりました。

ところが、7年目の夏にひとつのきっかけを得てわたしは生まれ変わりました。

気が付けば年間に24棟の契約をするようになりました。

私はあの頃、住宅営業として覚醒したのだと思うのです。まさに覚醒でした。それまでの自分はいったい何をしていたのだろうかと、今でも時々考えます。

あれから4年経った現在は、毎月の給与は100万円を必ずといっていいほど超えてきます。出荷がまとまっている月は140万円を超えることもあるのです。

6年目までの私からしたら本当に、信じられない給与額です。

私が住宅営業として覚醒できたのは『運』だと思っています。これは謙遜でも何でもなく、心の底から本当にそう思っています。

営業として成功できずに辞めていくひとも、私と同じように運が良ければ今も続けていられたと思うのです。

私には才能はありませんが運だけがありました。

私の運は、7年目の夏にこのサイトを通じて東北地方にお住いの住宅営業マンの方からメッセージを頂いたことです。

その方は飲食業界を辞めて住宅営業に転職したという経歴の持ち主でした。ところが随分と成功されているようでした。

彼は住宅会社に転職した時に、店のメンバー全員から引き出しの中で腐らせていた土地無し客の名簿を大量に引き継いだそうです。

先輩たちは更地・建替客の名簿は渡さずに、フォローしきれていない土地無し客名簿をこれ幸いと彼に渡したのでしょう。

ところが半年後に、彼は勤め先の住宅会社の東北営業本部の戸建て部門で一番を取ってしまったそうなのです。

現在でも、彼が契約するお客さんの9割は土地無し客だそうです。

「土地無し客は他の営業マンが避けるから、新参者の自分が遠慮なく折衝できたんだよ。」と彼は言ってのけました。

確かにそうなんですけどね。土地無しは社内競合が少ないですし、いい土地さえあれば話が早いのは分かります。

でもその土地がなかなか決まらないんですよね。だからみんな土地無し客を避けるわけであり・・・。しかし彼にはほかの選択肢が無かったというわけです。

実は彼、土地の売り方を親交のあったやり手の不動産屋の社長に教えてもらったそうなのです。最初に彼が契約できたお客さんに土地を売ってくれたのが、その社長だったそうです。

彼にとっては、その不動産屋の社長との出会いが間違いなく幸運だったのだと思います。

それで、私も彼の真似をしようと思いましてどこかの不動産屋の社長と仲良くなるべきなのかと相談したところ、彼が不動産屋の社長から勧められたマニュアルがあるのでそれをやってみたらどうかと言ってきました。

私は勧められるままにそのマニュアルを購入してシミュレーションを繰り返した結果、土地無しが契約できるようになったのです。

これは本当に、自分が一番驚きました。

私はそもそも要領よく物事をこなすということが苦手です。その反面、ひとつのことに集中するということは割と得意です。

土地無し客に特化し、そこに全精力を注ぎこむというやり方は私に合っていたのだと思います。

私が死ぬとき、『この時がわが人生における転換点であった』と振り返るような気がします。

東北の彼がメッセージをくれたことと、彼に教えてもらったマニュアルが私の性格に合っていたということ。この2つの『運』があったからこそ私は住宅営業マンとして覚醒できたのですが、それが無かったら今でも扶養社員のままだと思います。

私はそれまでも、住宅営業のノウハウ本を購入して読んでいました。ところが絶対にマネできない内容だったり、なんとかマネできたとしても家が売れるようにはなりませんでした。

田中敏則とか丸山景右といった名前を聞いたことがあるでしょうか。彼らのような天才の著書を読むとワクワクしましたが、私は売れるようにはなりませんでした。

しかし東北の彼に教えてもらって手に入れたマニュアルは違いました。そのマニュアルは当時の私にはかなりの高額でしたが、今となってはその何十倍もの営業報酬を手に入れています。

現在はかなり有名になっているようですのでご存知かもしれませんが一応、リンクを こちら に貼らせていただきます。

私にはこのマニュアルがドンピシャでハマりました。これはひとつの運だったのだと思います。

最初から能力のある営業マンにこのようなものは必要無いかもしれませんが、彼らがこのマニュアルを実践することでもっと売れると思います。

私は今、社内で『土地無し王』と呼ばれています。毎月複数棟を契約するものの、契約客が全て土地無し客だからです。

少しけなされてるのは分かっています。しかし、建替え・更地客の高額物件狙いの営業マンの2倍の年収を稼いでいます。だから全く悔しくありません。

稼ぐが勝ちだと思うのです。