住宅営業として最低なことをしてしまった私

私が新入社員の時にひとりの先輩から教えてもらった言葉があります。

「住宅営業の極意はね、家を売るんじゃなくて自分を売ることなんだよ。」

今考えると、さんざんこすられたありきたりの営業論ですが、まっさらだった私の心にはじーんと染み込んでいきました。

しかしそれから数年たった今、私は半年に1棟しか契約しない中堅住宅営業マンと化しました。

『家を売るんじゃない。自分を売るんだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。』

と、心の中で唱えながら、お客さんに気に入ってもらう努力はしています。

お客さんには精一杯笑顔をいっぱいふりまいて、ヘコヘコ、ヘコヘコ、ヘコヘコヘコ。

しかし、契約できるのは年間に2棟。ひどいときは年間1棟。

私の心は荒れています。

お客さんに気に入られようとしていい人を演じることに、完全に疲れ切っています。

私の中でひとつ邪念が頭をもたげてきました。

 

『お客に対して徹底的に他社を批判してみたらどうなんだろうか。』

 

このことに以前から興味がありました。

それまでは「自分を売る」ために、他社を批判することはしてきませんでした。お客さんに嫌われたくないから、とにかくかわい子ぶりっ子のフリをして営業をしてきました。

しかし、その結果が「年間2棟しか契約できない住宅営業」です。

半年前、私にひとつのセンターアンケート名簿が回ってきました。そのお客に電話をしてみると、「三井ホームで近々契約しようと思っている」ということでした。

私は、このお客にロックオンしました。

三井ホームで契約することが決まっているこのお客さんに対して、徹底的に三井ホームの批判をしてみることにしたのです。

私はまず三井ホームの工事現場を探すために、お客のフリをして三井ホームに電話をし、「工事中の現場を見たいのでどこかにありませんか?」と聞いてみました。

ところが三井ホームの社員は何か怪しいと察したようで、素直に教えてくれませんでした。そこで私は自分の足で探すことにしました。営業中、目を皿のようにして三井ホームの現場を探しました。そしてようやく工事現場をみつけました。

次の休みの日に、私は私服で一般素人のフリをしてその現場を訪れました。職人さんしかいませんでしたので、「今、三井ホームを検討している者なんですけど、ちょっと写真を撮らせてください。」と言うと、すんなり入れてくれました。

そこで私は基礎、大引き、根太などの写真を撮りまくりました。次の木曜日、その写真を持って例のお客の家に行きました。

そして、撮った写真を見せながら、「基礎にクラックがある。根太が細い。大引きが細い。」と口汚く批判しまくりました。さらに自社の建物の現場写真を見せて、「三井ホームとは全然違うでしょ?しっかりしてるでしょ?」と説明しました。

お客さんは特に感心した様子は示さず、ただ黙って聞いていました。そして私はその家をあとにしました。

それからというもの、私はそのお客さんとの接触を避けました。お客さんの反応があまりにも悪かったので、接触するのが怖くなったのです。

そして2カ月後にそのお客さんの家の前をこっそり通ってみました。

住友林業で建築中でした。

わたしは三井ホームの契約をつぶしました。

心がささくれていた私は三井ホームの契約を阻止したことに満足していました。

しかし時間がたつにつれ、私は自分が情けなくなっています。

自分が家を契約できないことの腹いせに、1人のお客さんに嫌な思いをさせ、さらに三井ホームの契約をつぶしたのです。

私は最低の住宅営業マンです。私はこの十字架を一生背負って生きていきます。

 

自己紹介

はじめまして。

私は某住宅会社で営業マンをやっておりますアッキーと申します。

 

 

私のような者のブログを読んで頂きまして、ありがとうございます。

私は大学を出てすぐに住宅営業マンになりました。今年で13年目です。住宅営業マンになった理由は、就職情報誌に書いてあった賞与の額が高かったからです。

今でこそなんだかえらそうに営業ノウハウを語ったりしておりますが、7年目までは全然売れませんでした。年間1棟か2棟、よくて3棟でした。7年目には11ヵ月連続で契約がないという状態になりました。

私のせいで店のメンバーが営業報奨金をもらえないという月がよくありました。契約しないと店のメンバーから白い目で見られるというシステムを考えた人は悪魔だと思います。

このブログをはじめたのもその頃で、ひたすら仕事の愚痴を書き連ねてストレスを発散していました。

連続坊主が11カ月続いたその月に、私はこのサイトを通じてフッキーさんという方からメールをいただきました。フッキーさんは東北地方の方で、飲食チェーンの仕事を辞めて住宅営業に転職したという経歴の持ち主でした。

彼は住宅会社に転職した時に、店のメンバー全員から引き出しの中で腐らせていた土地なし客のアンケート名簿をもらったそうです。先輩たちは更地・建替客の名簿は渡さずに、土地なし客名簿だけをフッキーさんに渡したのです。彼は必然的に土地なし客に特化せざるをえなかったのですが、半年後には同期入社の営業なかで一番を取ってしまったそうなのです。

現在でも、彼が契約するお客さんの9割は土地なし客だそうです。そうなったきっかけは土地なし名簿ばかりをもらったことがきっかけではあることは間違いありません。

でも彼は「中途入社の営業は土地なし客に特化するべき」だと言います。その理由のひとつが「他の営業マンが避けるので社内競合が少ない」ということでした。中途入社の社員が社内競合なんかしたらひんしゅくをかいますからね。

でも最大の理由は「土地さえ決まったら家も契約してくれるから」だと言いました。

確かにそうです。土地さえ決まったら土地なし客は早いです。でもその土地がなかなか決まらないから苦労するんですよね。だからみんな土地なし客を避けるのです。

でも、フッキーさんは努力家でした。土地を売るための方法を猛勉強したそうです。そこで出会ったのが石川智忠という人です。

私はフッキーさんが使用したという石川智忠氏の動画マニュアルを購入して実践してみた結果、契約ができたのです。これには自分が一番驚きました。

7年目の8月に私は11ヵ月連続坊主を止める契約をしました。土地なしのお客さんを契約できたのですが、土地を案内した日の夜に「あの土地を契約したい」とお客さんのほうから電話がかかってきました。フリーの土地だったのですが、建物のほうも当社で契約してくれました。入社して初めて「自分の力で獲った」という実感のある契約でした。

これで私は土地なし客に味をしめ、翌月も土地なし客にターゲットを絞ったところ、運よく契約できました。それはまた他の分譲地の土地案内からの契約でした。店長から「やればできるじゃないか」と言われました。あんな言葉をかけてもらったのは中学生の頃以来だったかもしれません。

ここからが自分でも驚きなのですが、翌10月も1棟、11月はなんと2棟、12月も2棟、そして1月は1棟の契約。気が付けば半年間に8棟の契約をしていました。半年に一度契約するかしないかという成績だった私にとって、天文学的数字の契約棟数です。

それから6年経った現在、毎月2棟ペース、年間24棟ペースで契約ができるようになっています。(調子が悪いと年間20棟を切ることもあります)

これはリアルな話ですが、給与は100万円を超えます。出荷がまとまっている月は140万円を超えることもあります。

私が売れるようになれたのは、運がよかったからです。本気でそう思っています。才能はないです。

私はそもそも、あまり物事を要領よくこなすことができません。でも、土地なし客に特化してそこに全精力を注ぐ、という単純なやり方にはハマることができました。

「フッキーさんからメールがもらえたこと」「石川氏の営業手法にハマることができたこと」。この2つの運のために、私は売れるようになれました。

私はそれまでも数々の住宅営業ノウハウが書かれた本を購入して実践してきました。でも、絶対にまねできないようなことだったり、まねできたとしても家が売れるようになるものではありませんでした。田中敏則とか丸山景右といった名前を聞かれたことがありますでしょうか。彼らのような天才が書いたノウハウは、私にはダメでした。

しかし石川氏の営業手法は天才たちが語る営業手法とは全く違いました。こんな私でも実践でき、すぐに結果が伴いました。

そのマニュアルはそれなりに高額でしたが、今となってはその何十倍もの営業報酬を毎月得ているわけですから、安い買い物だったと言うべきかもしれません。かつては書店販売もされていたのですが、現在ではネット限定で販売されているだけのようです。一応リンクを こちら に貼っておきます。

私はこの営業手法を読者の皆様におすすめしているわけでは決してございません。この営業手法が「私には合っていた」ということです。家がなかなか売れない営業マンであっても、このようなきっかけにさえ出会えれば大きく変われる可能性がある、ということを知っていただきたいのです。

私は今、社内で「土地なし王」と呼ばれています。毎月複数棟を契約してくるけれど、契約するお客さんが全て土地なし客だからです。褒められているのかけなされているのか分かりません。

今も家が売れずに悩む住宅営業マンが、私のブログの中から覚醒のきっかけを得て頂けるとすれば、これほど幸せなことはありません。

今後もできる限り、皆様のためになるような優良な住宅営業ノウハウを公開していけるよう努力してまいりたいと思います。