丸山景右が積水ハウスの営業時代の累積棟数

丸山景右氏は大学卒業後に積水ハウス岩国営業所に入社します。1年目で44棟の家を契約しました。驚異的な契約棟数ですね。これは積水ハウスの社内で、も未だに破られていない新人記録だそうです。

積水ハウス営業丸山景右

27歳で店長になり、退職するまでの13年間で、428棟の契約という輝かしい実績を残しました。実に、年平均33棟という契約です。もうすごすぎて理解の範囲を超えています。

現在は広島市西区に、「雨楽の家」というオリジナルブランドの住宅を建築する『リック一級建築士事務所』を経営するかたわら、住宅営業のノウハウ本の執筆や講演などをされています。また、丸山私塾という住宅営業マン向けの研修にも力を入れています。

私は丸山氏の本をを読んでファンになり、実際にはるばる県外にまで丸山氏のセミナーを受けに行きました。彼を一言で表現するとしまうと『熱い男』です。

松岡修造に負けていないくらい熱血の人でした。セミナーを受けている時は部屋じゅうの壁に丸山ワールドが展開され、私はそれに酔いしれました。自分の心が熱く燃えたぎっていくのを感じました。

丸山氏が住宅営業マン時代に実践していたことは、住宅営業マンとして基本的なことばかりです。

展示場に来ていただいたお客さんには心を込めて手紙を書く。ネタも紹介もないダメ営業でもひたすら飛び込みをしていれば契約できる。紹介受注こそが営業の王道である。契約できるための具体的な知識を覚えることが重要だ。などなど。

 

私には効果が無かった丸山景右の営業理論

しかし、わたしには丸山営業理論は全く効果がありませんでした。丸山氏が語る営業手法というのは誰にでもマネできることばかりです。

ところが、売れないダメ営業のわたしが丸山氏の基本行動をマネしただけじゃ、家は売れないんですね。わたしが売れない理由はもっと根深いところにありましたから。

丸山氏はやはり天才なんだと思います。売れる資質が備わっているからこそ、基本的な行動が全てプラスに働くのでしょう。

いくら住宅が売れた時代だといっても、入社1年目で44棟売るのはやはり天才、怪物、スーパーマンです。

丸山氏のセミナーを受けてプラスになる人も大勢いるのだと思います。でもそういう人は丸山氏が言っていることが理解できる一定の営業能力を持ち合わせた人なのだと思うのです。

住宅営業としての資質がゼロのわたしのような人間には何を掛け算してもゼロです。

でも無能な人間も生きていかなければいけません。無能は無能なりに稼ぐための方法を見つける必要があります。

基本行動の徹底は確かに大事だとは思いますが、それだけでは売れないことが分かった以上、なにか突破口になるものが必要です。

家が売れない落ちこぼれ営業マンというのは、「自分には家が売れる才能が眠っているはずだ。今はまだその才能が開花していないけど、いつか開花するはずだ。」と思っているものです。

そう思っていなければとっくに住宅営業を辞めているはずです。わたしもそうでした。

でも、その考え方はあまり建設的ではありません。住宅営業を1年もやっていれば、才能がある人は必ず売れ出します。

逆に言えば1年経っても売れないということは才能が無いわけです。それを正面から認めなければいけません。

でもそれを認めることで、「自分には何か強力な売り方をマスターする必要がある」という考え方にシフトできます。

自分に能力が無いことを認めない人は、自然と能力が開花するのを待つだけですので売れるようになるはずがないのです。

 

自己紹介

はじめまして。

私は某住宅会社で営業マンをやっておりますアッキーと申します。

 

 

私のような者のブログを読んで頂きまして、ありがとうございます。

私は大学を出てすぐに住宅営業マンになりました。今年で13年目です。住宅営業マンになった理由は、就職情報誌に書いてあった賞与の額が高かったからです。

今でこそなんだかえらそうに営業ノウハウを語ったりしておりますが、7年目までは全然売れませんでした。年間1棟か2棟、よくて3棟でした。7年目には11ヵ月連続で契約がないという状態になりました。

私のせいで店のメンバーが営業報奨金をもらえないという月がよくありました。契約しないと店のメンバーから白い目で見られるというシステムを考えた人は悪魔だと思います。

このブログをはじめたのもその頃で、ひたすら仕事の愚痴を書き連ねてストレスを発散していました。

連続坊主が11カ月続いたその月に、私はこのサイトを通じてフッキーさんという方からメールをいただきました。フッキーさんは東北地方の方で、飲食チェーンの仕事を辞めて住宅営業に転職したという経歴の持ち主でした。

彼は住宅会社に転職した時に、店のメンバー全員から引き出しの中で腐らせていた土地なし客のアンケート名簿をもらったそうです。先輩たちは更地・建替客の名簿は渡さずに、土地なし客名簿だけをフッキーさんに渡したのです。彼は必然的に土地なし客に特化せざるをえなかったのですが、半年後には同期入社の営業なかで一番を取ってしまったそうなのです。

現在でも、彼が契約するお客さんの9割は土地なし客だそうです。そうなったきっかけは土地なし名簿ばかりをもらったことがきっかけではあることは間違いありません。

でも彼は「中途入社の営業は土地なし客に特化するべき」だと言います。その理由のひとつが「他の営業マンが避けるので社内競合が少ない」ということでした。中途入社の社員が社内競合なんかしたらひんしゅくをかいますからね。

でも最大の理由は「土地さえ決まったら家も契約してくれるから」だと言いました。

確かにそうです。土地さえ決まったら土地なし客は早いです。でもその土地がなかなか決まらないから苦労するんですよね。だからみんな土地なし客を避けるのです。

でも、フッキーさんは努力家でした。土地を売るための方法を猛勉強したそうです。そこで出会ったのが石川智忠という人です。

私はフッキーさんが使用したという石川智忠氏の動画マニュアルを購入して実践してみた結果、契約ができたのです。これには自分が一番驚きました。

7年目の8月に私は11ヵ月連続坊主を止める契約をしました。土地なしのお客さんを契約できたのですが、土地を案内した日の夜に「あの土地を契約したい」とお客さんのほうから電話がかかってきました。フリーの土地だったのですが、建物のほうも当社で契約してくれました。入社して初めて「自分の力で獲った」という実感のある契約でした。

これで私は土地なし客に味をしめ、翌月も土地なし客にターゲットを絞ったところ、運よく契約できました。それはまた他の分譲地の土地案内からの契約でした。店長から「やればできるじゃないか」と言われました。あんな言葉をかけてもらったのは中学生の頃以来だったかもしれません。

ここからが自分でも驚きなのですが、翌10月も1棟、11月はなんと2棟、12月も2棟、そして1月は1棟の契約。気が付けば半年間に8棟の契約をしていました。半年に一度契約するかしないかという成績だった私にとって、天文学的数字の契約棟数です。

それから6年経った現在、毎月2棟ペース、年間24棟ペースで契約ができるようになっています。(調子が悪いと年間20棟を切ることもあります)

これはリアルな話ですが、給与は100万円を超えます。出荷がまとまっている月は140万円を超えることもあります。

私が売れるようになれたのは、運がよかったからです。本気でそう思っています。才能はないです。

私はそもそも、あまり物事を要領よくこなすことができません。でも、土地なし客に特化してそこに全精力を注ぐ、という単純なやり方にはハマることができました。

「フッキーさんからメールがもらえたこと」「石川氏の営業手法にハマることができたこと」。この2つの運のために、私は売れるようになれました。

私はそれまでも数々の住宅営業ノウハウが書かれた本を購入して実践してきました。でも、絶対にまねできないようなことだったり、まねできたとしても家が売れるようになるものではありませんでした。田中敏則とか丸山景右といった名前を聞かれたことがありますでしょうか。彼らのような天才が書いたノウハウは、私にはダメでした。

しかし石川氏の営業手法は天才たちが語る営業手法とは全く違いました。こんな私でも実践でき、すぐに結果が伴いました。

そのマニュアルはそれなりに高額でしたが、今となってはその何十倍もの営業報酬を毎月得ているわけですから、安い買い物だったと言うべきかもしれません。かつては書店販売もされていたのですが、現在ではネット限定で販売されているだけのようです。一応リンクを こちら に貼っておきます。

私はこの営業手法を読者の皆様におすすめしているわけでは決してございません。この営業手法が「私には合っていた」ということです。家がなかなか売れない営業マンであっても、このようなきっかけにさえ出会えれば大きく変われる可能性がある、ということを知っていただきたいのです。

私は今、社内で「土地なし王」と呼ばれています。毎月複数棟を契約してくるけれど、契約するお客さんが全て土地なし客だからです。褒められているのかけなされているのか分かりません。

今も家が売れずに悩む住宅営業マンが、私のブログの中から覚醒のきっかけを得て頂けるとすれば、これほど幸せなことはありません。

今後もできる限り、皆様のためになるような優良な住宅営業ノウハウを公開していけるよう努力してまいりたいと思います。