加藤正彦は積水ハウスのアイデア営業マン

加藤正彦氏は法政大学を卒業後、積水ハウスに営業として入社します。営業マン時代は25期連続で会社から表彰をされるほどの好成績を残しています。加藤氏は積水ハウスにおいて集客のアイデアを数多く出しており、複数現場の一斉見学会という概念を立ち上げ、現在でも同社内で「住まいの参観日」として受け継がれています。

積水ハウスの中では、東京多摩支店長、全国販促委員会副委員長、中部マーケットシェア委員会委員長、東京賃貸住宅委員長などを経て勇退し、経営コンサルタントの傍ら住宅営業マン向けのセミナーや、住宅営業ノウハウ本の執筆などをされています。

 

元積水ハウス営業加藤正彦

加藤氏は積水ハウス史上もっとも若い44歳という年齢で支店長にのぼり詰めます。岡崎支店の支店長を務めた時には、契約高、売上高、営業利益、目標利益達成率の全てで全国1位という実績を残しています。管理職としても能力の高い人物です。一兵卒の営業マンとしてなら能力を発揮できてる人は管理職には向かないという説もありますが、この人には関係ないようです。

営業ができない人に支店長は務まりませんが、支店長になれなくても営業ができる人は沢山います。ただ、私自身が目指すのは支店長になることではなく、丸紅や電通、フジテレビ並みの年収を得ることです。したがって私は加藤氏の生き方にはあまり興味がありません。

加藤氏がコンサルするのは『住宅会社』という組織全体に対してです。個々の営業マンがやる気を発揮するための仕組みづくりとか、オーナーや工務店からの紹介の数を増やすための仕掛けづくりいった類のものです。ところがこういった仕掛けというものは、個々の営業マンにネタさえあれば家を売ることができる能力があることが前提です。

売れない営業マンにとって会社の仕掛けはあまり意味がありません。売れない営業マンというのは、どんなにおいしそうなニンジンを目の前にぶら下げられても、そもそも走ることのできない馬なのですから。そういう意味では加藤氏のコンサルは、売る能力のないダメ営業マンは置いてけぼりです。

売れない営業マンは自分のために売ることだけを考えるべきです。店の成績だとか、支店の業績だとかを気にするのは10年早いのです。今月の1棟のことだけを考えていればいいのです。出荷を今期にするかどうかとか、引き渡しを早めるかどうかとかを考えるのは毎月1棟売れる実力がついてからです。

家を売るのは会社のためではなく、自分の生活のためです。明日の自分の食料を確保するために家を売らないといけないのです。他人は他人です。とにかく自分の売り方を確立しさえすれば、住宅営業として一生食っていけます。会社がつぶれても家を売る能力さえあればすぐに再就職できます。未来のことは分かりませんが、われわれが生きている間くらいは住宅営業の仕事は日本から消えて無くなることはないでしょう。

家を売る能力を身につけるということは、歯科医師免許を取得することよりも価値があることなのです。歯科医院を開業したとしても経営難で倒産し、多額の借金だけが残ることもあります。歯科医師免許自体がお金を生み出すわけではなく、歯科医院の経営がうまくいって初めて食べていけます。

一方、家を売る能力さえあれば絶対的に安泰です。サラリーマンとして勤める以上、その会社が倒産しても個人が負担するものは何もありません。さっさと他の住宅会社に乗り換えればいいだけのことです。家を売る能力を身につけさえすれば食いっぱくれることは無いということです。

 

自己紹介

はじめまして。

私は某住宅会社で営業マンをやっておりますアッキーと申します。

 

 

私のような者のブログを読んで頂きまして、ありがとうございます。

私は大学を出てすぐに住宅営業マンになりました。今年で13年目です。住宅営業マンになった理由は、就職情報誌に書いてあった賞与の額が高かったからです。

今でこそなんだかえらそうに営業ノウハウを語ったりしておりますが、7年目までは全然売れませんでした。年間1棟か2棟、よくて3棟でした。7年目には11ヵ月連続で契約がないという状態になりました。

私のせいで店のメンバーが営業報奨金をもらえないという月がよくありました。契約しないと店のメンバーから白い目で見られるというシステムを考えた人は悪魔だと思います。

このブログをはじめたのもその頃で、ひたすら仕事の愚痴を書き連ねてストレスを発散していました。

連続坊主が11カ月続いたその月に、私はこのサイトを通じてフッキーさんという方からメールをいただきました。フッキーさんは東北地方の方で、飲食チェーンの仕事を辞めて住宅営業に転職したという経歴の持ち主でした。

彼は住宅会社に転職した時に、店のメンバー全員から引き出しの中で腐らせていた土地なし客のアンケート名簿をもらったそうです。先輩たちは更地・建替客の名簿は渡さずに、土地なし客名簿だけをフッキーさんに渡したのです。彼は必然的に土地なし客に特化せざるをえなかったのですが、半年後には同期入社の営業なかで一番を取ってしまったそうなのです。

現在でも、彼が契約するお客さんの9割は土地なし客だそうです。そうなったきっかけは土地なし名簿ばかりをもらったことがきっかけではあることは間違いありません。

でも彼は「中途入社の営業は土地なし客に特化するべき」だと言います。その理由のひとつが「他の営業マンが避けるので社内競合が少ない」ということでした。中途入社の社員が社内競合なんかしたらひんしゅくをかいますからね。

でも最大の理由は「土地さえ決まったら家も契約してくれるから」だと言いました。

確かにそうです。土地さえ決まったら土地なし客は早いです。でもその土地がなかなか決まらないから苦労するんですよね。だからみんな土地なし客を避けるのです。

でも、フッキーさんは努力家でした。土地を売るための方法を猛勉強したそうです。そこで出会ったのが石川智忠という人です。

私はフッキーさんが使用したという石川智忠氏の動画マニュアルを購入して実践してみた結果、契約ができたのです。これには自分が一番驚きました。

7年目の8月に私は11ヵ月連続坊主を止める契約をしました。土地なしのお客さんを契約できたのですが、土地を案内した日の夜に「あの土地を契約したい」とお客さんのほうから電話がかかってきました。フリーの土地だったのですが、建物のほうも当社で契約してくれました。入社して初めて「自分の力で獲った」という実感のある契約でした。

これで私は土地なし客に味をしめ、翌月も土地なし客にターゲットを絞ったところ、運よく契約できました。それはまた他の分譲地の土地案内からの契約でした。店長から「やればできるじゃないか」と言われました。あんな言葉をかけてもらったのは中学生の頃以来だったかもしれません。

ここからが自分でも驚きなのですが、翌10月も1棟、11月はなんと2棟、12月も2棟、そして1月は1棟の契約。気が付けば半年間に8棟の契約をしていました。半年に一度契約するかしないかという成績だった私にとって、天文学的数字の契約棟数です。

それから6年経った現在、毎月2棟ペース、年間24棟ペースで契約ができるようになっています。(調子が悪いと年間20棟を切ることもあります)

これはリアルな話ですが、給与は100万円を超えます。出荷がまとまっている月は140万円を超えることもあります。

私が売れるようになれたのは、運がよかったからです。本気でそう思っています。才能はないです。

私はそもそも、あまり物事を要領よくこなすことができません。でも、土地なし客に特化してそこに全精力を注ぐ、という単純なやり方にはハマることができました。

「フッキーさんからメールがもらえたこと」「石川氏の営業手法にハマることができたこと」。この2つの運のために、私は売れるようになれました。

私はそれまでも数々の住宅営業ノウハウが書かれた本を購入して実践してきました。でも、絶対にまねできないようなことだったり、まねできたとしても家が売れるようになるものではありませんでした。田中敏則とか丸山景右といった名前を聞かれたことがありますでしょうか。彼らのような天才が書いたノウハウは、私にはダメでした。

しかし石川氏の営業手法は天才たちが語る営業手法とは全く違いました。こんな私でも実践でき、すぐに結果が伴いました。

そのマニュアルはそれなりに高額でしたが、今となってはその何十倍もの営業報酬を毎月得ているわけですから、安い買い物だったと言うべきかもしれません。かつては書店販売もされていたのですが、現在ではネット限定で販売されているだけのようです。一応リンクを こちら に貼っておきます。

私はこの営業手法を読者の皆様におすすめしているわけでは決してございません。この営業手法が「私には合っていた」ということです。家がなかなか売れない営業マンであっても、このようなきっかけにさえ出会えれば大きく変われる可能性がある、ということを知っていただきたいのです。

私は今、社内で「土地なし王」と呼ばれています。毎月複数棟を契約してくるけれど、契約するお客さんが全て土地なし客だからです。褒められているのかけなされているのか分かりません。

今も家が売れずに悩む住宅営業マンが、私のブログの中から覚醒のきっかけを得て頂けるとすれば、これほど幸せなことはありません。

今後もできる限り、皆様のためになるような優良な住宅営業ノウハウを公開していけるよう努力してまいりたいと思います。